Ⅱ巻 預金・内国為替・投資商品編

20278預金者死亡による葬式費用支払

預金者死亡により葬式費用を仮払いする場合、どのような注意をすればよいか

結論

原則として法定の(家庭裁判所の判断を経ない)仮払制度によって対応するとともに、払戻しが認められる金額を超えて払戻しを求められた場合には家庭裁判所への預貯金債権の仮分割の仮処分の申立を検討するよう促すべきであり、従前の便宜支払の取扱いを存続するかどうかについては、慎重な検討が必要と思われる。

解説

基本的な考え方

預金者が死亡した場合に、その葬式費用に充当するため預金の一部支払を要請されることがある。この場合、相続人その他の者が立て替えて支払い、遺産分割の後でその負担方法を解決することが望ましく、金融機関としては、相続人に対して、原則としてその線で交渉すべきである。しかしながら、実際問題としては、まとまったお金は預金になっているのが普通であり、一方、相続には相当複雑な手続を要するため、遺産分割協議は後の問題としてとりあえず葬式費用を支払ってもらいたいと強く要請されることもあろう。

このような葬式費用の支払については、民法の先取特権の規定に葬式費用が明記されている(同法306条3号・309条)ことにかんがみ、応じてもよいとする見解もあるようであるが、間接的にはともかく、預金からの葬式費用の便宜立替支払を直接に認める根拠にはならない。

この点、預金債権のような可分債権は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割承継されるという従前の判例理論(最判昭29.4.8民集8巻4号819頁ほか)のもとでは、支払請求をする相続人の法定相続分の範囲内で支払うという判断もありえたところである。

しかしながら、最高裁は、相続預金について、「相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である」とする決定を行い(最決平28.12.19民集70巻8号2121頁)、従前の判例理論を変更するに至った。この新判例のもとでは、遺産分割完了前に一部の相続人に対して相続預金(の一部)を支払った場合、相続人全員が同意していない限り、支払金額の全額につき金融機関に二重払いのリスクが生じることとなる。

平成30年の相続法改正

では、実際にこのような葬式費用の支払請求が相続人の一部からなされた場合に、金融機関としては、どのように対応すべきであろうか。

平成30年の相続法等改正(以下本項において「改正」という)前においては、金融機関は二重払いのリスクを認識したうえで、相続人にとっての相続預金の一部払いの必要性、緊急性等をふまえて、便宜支払に応じるかどうかの判断を行っていた。そして、あえて便宜支払に応じるのであれば、支払請求をしてきた者が相続人であることの確認を十分に行うことは当然として、葬式費用の請求書等の提出を受けて金額を確認し、できるだけ多くの相続人から損害担保文言付きの念書を徴求し、直接業者へ振り込む形での支払とするなど、慎重な対応をとることが一般的であった。

これに対し、改正後においては、葬式費用の支払等のために遺産分割前に預金の払戻しを求める相続人の要請に応えるべく、預金の仮払いに関し、次の2つの規定が新たに創設された。

(1) 家庭裁判所の判断を経ない仮払制度(民法909条の2) 改正後の民法909条の2では、家庭裁判所の判断を経ない仮払制度が創設された。これは、各共同相続人が、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に法定相続分を乗じた額(法務省令により150万円を限度額とする)については、単独でその権利を行使できることとするものである。

(2) 家庭裁判所による預貯金債権の仮分割の仮処分の申立(家事事件手続法200条3項) 改正後の家事事件手続法200条3項においては、家庭裁判所が、遺産の分割の審判または調停の申立があった場合において、申立人または相手方が相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預金債権を行使する必要があると認めるときは、その申立により、遺産に属する特定の預金債権の全部または一部をその者に仮に取得させることができる(ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない)こととされた。

改正前の家事事件手続法においても、審判前の保全処分としての仮分割の仮処分(同法200条2項)等の制度が存在し、その利用が想定されていたものの(参考:上記最決の大谷剛彦裁判官らの補足意見)、同項では「急迫の危険を防止するため必要があるとき」という厳格な要件が課されており、現実的な対応とはいえない場合もあったことから、改正法により、預金仮取得の場面について、例外的に仮処分の要件が緩和されたものである。

実務上の対応

法改正により仮払制度が新たに創設・整備されたこと、改正法による仮払制度と従来の便宜支払とは相続人の資金需要に対応する払戻しである点で趣旨が重複するものであることからすると、改正法の施行後においては、原則として仮払制度によって対応するとともに、払戻しが認められる金額を超えて払戻しを求められた場合には家庭裁判所への預貯金債権の仮分割の仮処分の申立を検討するよう促すべきと考えられる。そのうえで、改正法の規律をふまえてなお便宜支払の取扱いを存続する必要があるかどうかについては、個社判断に委ねられることとなるものの、慎重な検討が必要と思われる。